Année blanche(アネ・ブランシュ)とは、フランスで時々使われる「白紙の年」という特別な言葉です。
2026年の国家予算で、フランス政府がこの言葉を使い、すべての支出を2025年と同じ水準に凍結する方針を発表しました。
これは年金や社会保障、給与、税制などを「インフレ分も含めて増やさない」という意味で、実質的な節約政策となります。
この記事では、2026年の「Année blanche」が何を意味するのか、過去の例とあわせてわかりやすく解説します。
目次
📌 Année blanche とは?意味と背景
「Année blanche(白紙の年)」という言葉は、もともと税制度の特例として使われたことがあります。
たとえば2018年、フランスでは所得税制度が給与天引き方式(prélèvement à la source)に変わる際、その移行措置として「所得税がかからない年」が設けられました。
この年の通常所得には課税されず、「白紙扱い」とされ、Année blancheと呼ばれました。
今回(2026年)の「Année blanche」は、税金ではなく国家支出全体の凍結を意味しています。
- 支出の凍結:年金、手当、給与、予算を2025年の金額で据え置き、インフレに応じた調整(増額)をしない。
- 税制の凍結:所得税や社会保障税の計算基準(税率・控除額など)をインフレに合わせて調整しないことで、実質的には税負担が増える可能性も。
政府はこの政策を「一時的な財政健全化のための努力」としていますが、実質的に物価が上がっても収入や支援が変わらないため、生活者には厳しい側面もあります。
🔍 なぜ2026年にこの政策が導入されるのか
フランスの財政赤字は、2025年にはGDP(国内総生産)に対して5.4%に達すると予測されています。
これは、EUが定める「赤字はGDP比3%以内」という基準を大きく上回る数字です。
このままでは財政の信頼が揺らぐとの懸念から、政府は2026年に43.8億ユーロ(約7000億円)の支出削減を目指すと発表しました。
その具体策として打ち出されたのが、「Année blanche(アネ・ブランシュ)」です。
インフレが収まりつつある今のうちに、支出を2025年と同じ水準で据え置くことで、財政赤字を段階的に改善していこうという方針です。
🧊 Année blanche の具体的な内容
具体的には、以下のような施策が実施されます:
- 年金支給額を2025年と同額に据え置き
- 社会保障給付(家族手当など)の増額停止
- 公務員給与の全体凍結
- 所得税・CSG(社会保障税)の税率維持
- 省庁の予算を全体的に固定(例外:国防費など)
つまり「何も上がらない年」になるということです。
🔫 軍事費は例外的に増加:その影響とは
「Année blanche」では基本的にすべての支出が凍結されますが、唯一の例外が国防費(軍事費)です。
2026年には6.7億ユーロ(約1兆円)以上の予算が追加される予定です。
この増額については、マクロン大統領が7月14日の恒例スピーチでとりあげました。
「ロシアの脅威や不安定な世界情勢に対応するため、より強靭なフランス軍を目指す」と語っています。
- 2026年の「防衛予算」:+6.7億ユーロ
- 「安全保障」予算:+4億ユーロ
- 「司法・教育」分野:+2億ユーロ
⚠️ 他の分野では逆に削減が進行
- 社会的連帯・平等: -17億ユーロ
- 労働・雇用・社会省関連: -13億ユーロ
- 地域の連帯・農業支援など: 合計で-18億ユーロ以上
このようなバランスに対して、左派政党「不服従のフランス(LFI)」は、「マクロン流政治の象徴だ」と批判しています。
⚖️ 年金・社会保障・税制はどうなる?
通常、フランスでは物価が上がれば年金や社会保障給付も自動的に増えるしくみになっています。
しかし「Année blanche」が導入される2026年は、たとえインフレがあっても給付金額や年金は2025年と同じまま据え置かれます。
そのため、物価だけが上がって収入が変わらないことになり、実質的に生活が苦しくなる=生活水準の低下が起きるおそれがあります。
一方、税制面でも「凍結」される項目があります。
フランスの所得税は、毎年インフレに合わせて課税枠(税率が変わる境目の金額)が見直されます。
ところが、2026年はその見直し(インフレ補正)が行われないため、次のようなことが起こる可能性があります。
- 少しだけ給料が上がっただけでも、より高い税率の枠に入ってしまう
- 実質的に税金の負担が増えたように感じる
つまり、収入が増えなくても生活費は上がり、収入が少しでも増えると税率も上がるという、二重の圧力がかかる仕組みです。
📅 他の節約案:祝日削減や医療費改革
「Année blanche」以外にも、政府はさまざまな分野で支出の見直しを進めています。その中でも特に注目されているのが、祝日の削減と医療制度改革です。
- 祝日削減:「復活祭の月曜日」と「5月8日戦勝記念日」の2日間を、全国共通の休日から除外
政府は「国全体でより多く働く必要がある」として、年間の労働日数を増やすことで経済活動を支える方針です。
- 薬の年間自己負担上限: 100ユーロに引き上げ
- 医療器具(松葉杖や車いすなど)の再利用促進
- ALD(長期療養疾患)患者に対する補償範囲の見直し:
これまで、長期疾患(ALD:Affection de Longue Durée)と診断された患者には、その治療に必要な費用が100%補償されてきました。
しかし2026年からは、持病と直接関係のない薬については全額補償の対象から外れる方針が発表されています。
これは、「必要な治療」と「その他の医療行為」を明確に分け、社会保障費を抑える目的とされています。
つまり、ALD患者であっても、風邪薬や睡眠導入剤など「持病と無関係な薬」には自己負担が求められるようになる可能性があります。
💼 企業・富裕層・年金受給者への課税強化
政府は「みんなで負担を分かち合う」方針のもと、高所得者や企業、そして一部の年金受給者にも新たな税負担を求めています。
- 「連帯の貢献金(contribution de solidarité)」:高所得者層と大企業に対して導入予定の新たな税金
- 年金受給者への税制優遇の見直し: 10%控除制度を廃止し、定額制に変更
これまで、フランスでは年金収入の10%を自動的に控除する制度がありました。これは「年金生活に必要な経費」としてみなされ、課税対象を減らす優遇措置でした。
🔍 たとえば、年金が年間2万ユーロの場合、2,000ユーロが控除され、残りの1万8,000ユーロに税金がかかっていました。
今回の改革では、この10%控除を廃止し、代わりにすべての年金受給者に「定額の控除額」を適用する方針です。
- 高額年金を受け取っている人 → 控除が減り、実質的な増税に
- 低額年金の人 → 控除の変化は小さく、影響も限定的
この改革は、「より多くもらっている人ほど多く負担する」という考え方にもとづいています。
💬 国民への影響と賛否の声
この政策にはさまざまな意見があります:
- 政府側: 一時的で必要な措置。インフレが1%前後なので生活への影響は少ない
- 反対派:
- 左派政党「不服従のフランス(LFI:La France Insoumise)」は、「Année rouge(赤い年)」と呼び、生活水準が下がると強く批判
- 労働組合「CGT(労働総同盟:Confédération Générale du Travail)」は、「Année noire(黒い年)」とし、「国民全体が貧しくなる」と主張
- 右派政党「国民連合(RN:Rassemblement National)」は、「隠れた増税」と非難
🧩 まとめ:Année blanche が示すもの
「Année blanche」は単なる支出凍結ではなく、フランス政府が国家財政の立て直しに本気で取り組んでいることを象徴しています。しかし、その裏では年金、手当、税制など生活に密接した部分が静かに削られていく可能性もあります。
この政策が最終的にどう修正されるかは、今秋の国会審議にかかっています。フランスに住む日本人としても、社会保障の動きや税制度改革には今後も注目する必要があります。